インド太平洋研究会 Indo-Pacific Studies

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A Very British Tilt 英国のインド太平洋政策サマリー(2)なぜインド太平洋なのか?

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 (この章は全訳です)

序説 なぜインド太平洋なのか?

 

戦略地政学的概念

インド太平洋地域(IPR)は、既に確立された地理的な概念というよりも、比較的新しい戦略地政学的な考え方に基づいています。(インド洋と太平洋という)二つの大きな海域を中心としてはいるものの、IPRはきっちりとした地理的な枠組みではなく、むしろ政治的な現実によって構成されています。太平洋やインド洋に面しているというだけの理由であれば、南北アメリカやアフリカ・中近東諸国はIPR「沿岸国」と言えますが、それら諸国のインド太平洋との戦略地政学的な関係は、IPR「内部」諸国と比較すると(超大国の場合を除けば)明らかに異なります。そのような意味で、世界の半分を占めるこの地域の中心、または内部にフォーカスし、戦略的な分析を目的として、当白書では「インド太平洋地域」を解釈します。

そのように、「内部の」IPRは、インド亜大陸から東南アジア、中国、更に北東アジアの日本と韓国にも及び、地形的には大陸、半島、そして諸島を含みます。インド洋と太平洋の大部分と、内海や無数の港で構成されるその水路は、欧州・西半球と世界の工房を結ぶ、世界経済に不可欠な集積経路となっています。実際、インド太平洋は現代においては世界経済の生産量の半分近くを占めており、全世界の人口の半数以上を擁しています。同地域は、世界中で最も人口の多い二か国(中国とインド)、世界第二・第三の経済大国(中国と日本)、世界最大の民主国家(インド)、そして世界で最もムスリム人口の多い二か国(インドとインドネシア)を含んでいます。それは、インド洋と南シナ海をつなぐマラッカ海峡という世界で最も重要なシーレーンによって結ばれており、同時に19世紀の武力外交に端を発する無数の領海・領土紛争によって引き裂かれてきました。アメリカインド太平洋軍の定義によると、インド太平洋には世界で最も洗練された軍隊と、中国・インド・韓国の核兵器が存在します。要するにこの地域は、世界全体の平和と繁栄にとっての生命線だということです。

近年「インド太平洋」という構成は、地理的な想像力の変化と、その地域のここ数十年における経済的・地政学的・外交的な成果のおかげで、次第に台頭してきました。それほど遠くない過去において、この地域は「アジア太平洋」と称されていましたが、2007年の安倍晋三のインド議会における「二つの海の交わり」と題する画期的な演説以降、「インド太平洋」という呼称が主流となりました。その演説で、日本の総理大臣はこう述べました。

「太平洋とインド洋は、今や自由と繁栄の海としてダイナミックな結合をもたらしています。従来の地理的な境界を突き破る“拡大アジア”が今、明確な形を取り始めています」

安倍は続けて、地域の新しいビジョンの概要を説明しました。

「日本とインドが共にこの方向に進めば、この“拡大アジア”はアメリカやオーストラリアを巻き込み、太平洋全域に及ぶ広大なネットワークへと進化するでしょう。開かれて透明な、人とモノ、資本と知恵が自由に行き交うネットワークです」

それ以降、この地理的な交わりは加速してきました。アメリカ政府はこの変化を正式に認識し、2018年5月にアメリカ太平洋軍の名称を「アメリカインド太平洋軍」に変更しました。当時のアメリカ国防長官ジム・マティスの言によれば、その呼称の変更は「増大するインド洋と太平洋の結びつきを認識した」ことによります。2018年にはまた、ナレンドラ・モディ首相がシンガポールのシャングリラ・ダイアローグ(アジア安全保障会議)での画期的な演説で「インド太平洋に対するインドのビジョン」を概説しました。その一年後、東南アジア諸国連合ASEAN)も同様に、インド太平洋地域の国際政治における重要な位置づけを認識しました。この地理的な結びつきが、より多くの地域の参加を促し、地域の発展と安定についての課題を呼びかけるための地政学的な機会になるということを強調したのです。

「インド太平洋」という概念が、イギリスの緊密な同盟国であるアメリカ、オーストラリア、日本の間でかなり異なって認識されていることは、驚くに値しません。しかし、それらの国々は、イギリスにとってのインド太平洋の枠組みに決定的に関連する4つの共通した仮説を表明しています。

  1. それらはすべて、海事中心の枠組みです。地理的に、「インド太平洋」という用語は、南シナ海東シナ海、南太平洋を通じてインド洋と北東アジアを結ぶ海事に重点を置いています。
  2. それらはすべて、法に基づく秩序の重要性を強調しています。地政学的概念としての「インド太平洋」は、地域の安定と繁栄を担保するために、現在の安全保障と法秩序に価値を見出しています。
  3. それらはすべて、国家間の競争における国家、特に伝統的な海事分野の国家の復権を強調しています。安全保障の観点から、「インド太平洋」は、地域内外に軍事力を示して支配を主張するために、海を支配権の行使の場として使うことを認識する概念です。
  4. それらの国々は皆、インドとの関係を深めることが、進化したインド太平洋の戦略地政学的構造の基礎となることと認識しています。

これらの仮説は、イギリスがIPRに関与するにあたって取り組むべき方法と関連しています。上記した原則に則ると、地政学的には、インド太平洋の枠組みにおいては、海事大国としての、また今日の国際的な関係性と繁栄をもたらした戦後の国際基準とルールの共同制作者としての強みが、イギリスの役割となります。よって、これらの原則に基づいたイギリスのインド太平洋に対する観点は、自国の野心を地域内での最も緊密な同盟国の期待や目的と緊密に連携させるという意味において、世界におけるイギリスの新しい役割を指し示しています。それらの原則は、法秩序を尊重し、国際的な交易と繁栄に不可欠な国際法の崩壊を防ぐことによって、海事共有権の安定性を保持することに重点を置いています。

このように進化した概念に基づくと、イギリスが自国の役割を見直し、インド太平洋に戦略的政策の重点を移す機が熟したと言えます。それにあたり、イギリスは上記の原則を更に一歩進めることができます。海事連結性は地域の繁栄と相互依存の柱であり、今後もそうあり続けます。しかし今日においては、連結性はデジタルな一面も擁します。技術と遠距離通信によって海事環境を将来の発展に結び付けるという一面です。海事の安定を遂行するための概念は、(今や超大国の競合の場となった)サイバーと宇宙空間、という新しい分野と統合されるべきです。よって、イギリスのインド太平洋に対する概念は、そうした新しい競合の場が自由貿易と法の秩序に必須な公開性と参加性を棄損しないことを担保すべきです。

今や世界の安定性は、日和見的で非民主的な勢力によって危険にさらされています。それらの国々はときに最先端の技術を用いて、他の国々や民間企業、国際機関を脅し、動揺させています。すべての脅威に対処できるわけではないとしても、第二次世界大戦後の国際的な規範や法制度の柱を覆そうとする脅威に対抗することは、すべての国々、特に伝統的に世界的な公共財を提供してきた国に共通した責任です。イギリスはそういった制度の創設に深く関わっており、その終焉は自国の安全と繁栄に悪影響をもたらします。新型コロナの世界的パンデミックによる予算の引き締めと経済危機を目前にしても、為政者はこの国が国際的な危機を耐えうるための技能、経験、能力を過小評価するべきではありません。インド太平洋に属するイギリスの同盟国も、そう理解しています。

 

インド太平洋の興隆

ここ数十年の間、インド太平洋諸国は国際経済においての地位を著しく高め、生産バリューチェーンを推進してきました。ハイエンドな技術開発と地域全体における経済発展が共にこの過程に寄与しました。

1980年代に提唱されたものの、実際には2000年代初頭から実現し始めた「アジアの台頭」という物語は、ときにIPRの他の国々をおろそかにし、中国の役割を強調しすぎた感があります。中国を中心とした見方は、この画期的な変革がより幅広い事業によってもたらされたという事実を、ときに覆い隠してしまいます。そういった事業は、域内全ての国々(日本、台湾、韓国からインド、アセアン諸国、オーストラリアまで)の協力によって進められてきたものです。複雑な地域のシステムはその地域特有の外交によって生み出されました。これは新しく、戦略的に重要な点です。

最後に、インド太平洋を含むアジアの成長は、IPR全体における軍事力の増加と域内で増加する紛争の物語でもあります。これは主に中国の軍隊によってもたらされてきましたが、域内において増大する軍事力は、新たな国家の利益と野望、そして新たな戦略的バランスの可能性と慎重な外交を生み出しました。

新型コロナ禍以前においても、アジアの物語は明確に、増大し始めていた新たな秩序についてのものでした。それは、中国の急速な成長と地域内での優位性の上昇によって形成されてきたものです。パンデミックは必然的に物事を加速させます。それは既に、グローバリゼーション、国際サプライチェーン、そして長期的に中国政府とどのように付き合うかといった重要な問題について、予期していなかった緊急性をもたらしています。西側諸国とインド太平洋にとっては、コロナウィルスへの対応と中国に対する政策のバランスを取る必要があるためです。

 

なぜイギリスはインド太平洋に傾斜するのか?

イギリスのインド太平洋との出会いは何世紀にも遡ります。それは16世紀のポルトガルやスペインとの貿易競争に始まり、キャプテンクックによる発見の航海を経て、インドの植民地化、さらに20世紀へと続きます。第二次世界大戦以降、イギリスの植民地を脱したインド太平洋の国々との関係は、交易や文化交流など、広範囲に及びます。

1960年代末にスエズの東側から撤退するという決定は、イギリスのインド太平洋における安全保障上の存在を(すべてではないにせよ)かなりの部分、縮小しました。イギリスはIPRの殆どの国々に存在しています。それは、モルジブセイシェルといった、アメリカが不在の国々も含みます。米軍に貸与したイギリス所有のディエゴ・ガルシア基地は、冷戦時にも戦略的に重要でしたが、21世紀においても、法に基づいた制度を守るために、さらに重要になってきます。なぜならそれは、中国、インド、日本、アメリカそれぞれの海軍による航行が急激に増加している海運ルートに位置しているからです。イギリスは南太平洋のピトケアン諸島の領有権を所有している他、この領域の5か国と君主(エリザベス二世)を共有し、フランスやアメリカと同様に、引き続きオセアニアの外交に関与しています。

しかし、イギリスはインド太平洋地域での自らの役割を知らしめることや、域内の国々と連携して目標やそれを達成する方法を明確にすることについては、うまく進めてこられませんでした。しかし近年では、中国との貿易を増やす一方、日本の安倍晋三元総理の努力の甲斐もあり、イギリスのインド太平洋主要諸国との連携はますます深まってきました。

インド太平洋の運命は西側諸国のそれと密接に結びついています。異なる半球から自由で独立した国として、我々の運命は絡み合っています。我々の戦略は連携している必要があります。法に基づいた国際的な制度へのコミットメントを強化するにあたり、イギリスは喫緊の問題に対する新しい国際的合意を生み出すプラットフォームを提供することができます。さらに言えば、様々な未解決の問題と域内における能力のギャップに、志を同じくするパートナーとの共同プロジェクトを通じて取り組むにあたり、イギリスが主導できる余地は驚くほど残されています。

ブレグジットは、「グローバルブリテン」の旗の下、世界各国との約束の強化において、新しい圧力を生み出しました。イギリス政府が認識を新たにしているように、インド太平洋情勢は必然的にブレグジット後の自国の戦略に大きな影響を与えることになります。まさに同情勢が、世界中の安全保障と経済発展に大きな影響を与えているようにです。イギリスの前途についての重要な見地は、インド太平洋に関わってきます。例えば、この地域には150万人以上のイギリス国民が居住しています。

オーストラリア:120万人 韓国:8千人 台湾:3千人 日本:1.8万人 マレーシア:1.6万人

シンガポール:5万人 ニュージーランド:21.7万人 フィリピン:1万人 香港:3.4万人

タイ:5.5万人 インド:3.6万人 中国:3.6万人(香港含む) インドネシア:1.1万人

さらに、非常に重要なアメリカとの特別な関係が、アメリカの大戦略決定と中国に関する懸念に大きく左右されるようになってきています。それは、直接的にはファーウェイの件であり、間接的には「自由で開かれたインド太平洋」に重点を置いたアメリカの軍事・経済政策の成り行きでもあります。インド太平洋が持つ将来性とともに、こういった件を今後の議題に組み込んでいく必要があります。

何者にも邪魔をされない、インド洋の海運ルートを通じた自由な貿易がイギリスの将来の発展の要となり、それはヨーロッパにおける交易相手国にとっても同様です。IPRの主権国がそれぞれの経済的・政治的な運命を自ら選択できることを保証することは、この世界最大の人口を擁するダイナミックな地域の安定性を継続するために必須です。それゆえに、イギリスはIPRのパートナー国とともに、その地域の法に基づいた多国間の総意を守る管理者の一国として、少なくともかつての役割のいくばくかを取り戻そうとしているのです。

国連安保理常任理事国のメンバーとして、また世界第6位の経済大国として、イギリスはインド太平洋の将来を担っているのです。それは、2010年代初頭に見られたような、単なる経済的な意味だけではなく、より深い、戦略的な意味においてです。この現実が、イギリスが以下のような現存する多国間機関に参加する基盤となっているのです。それは、ASEAN地域フォーラムへの対話国としての関与、環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定(CPTPP 参加国はカナダ、オーストラリア、ブルネイ、チリ、日本、マレーシア、メキシコ、ニュージーランド、ペルー、シンガポールベトナム)、または日本、インド、オーストラリア、アメリカが連携する非公式な日米豪印戦略対話への参加などです。イギリスは、まだ存在しない新しい取り組みを始め、新しいネットワークを構築することもできるのです。

最も重要なことは、ブレグジット以降のイギリスに関する広く流布されながらも的外れな話題に反して、IPRの友好国が彼らの地域へのイギリスのさらなる参画を期待しているということです。イギリスを真に国際化するためには、インド洋の東側から西太平洋とオセアニアに広がる広大なインド太平洋地域が、イギリスの全体的な外交及び安全保障政策の優先順位となるべきなのです。今や世界中の首都の間で広く認識された、ひとつにまとまったインド太平洋半球の統合された政治、経済、安全保障空間を、イギリスは喜んで受け入れるべきです。